滝の地学早わかり       滝topへ   滝の地学早わかり目次へ        

2. 滝の地形ひとめぐり
 a. 滝の定義
その1、地形の一種としての滝の定義

 「滝」とは、「河川にできた河床の段」をいいます。
 段が何m以上なら滝だというきまりはありませんが、ここでは、1〜2mぐらいより大きいものを対象にすることにします。
 定義はこれでいいんですが、 いろいろ、原則、現実の両面で補足しないと実用的な定義として、使えませんね。 →滝の定義 補足 をどうぞ。

その2。景観単位としての□□滝 + 「□連の連瀑」

現実の滝の記載で、□□滝という場合の滝の単位はどうしたらいいでしょうか?
 
その1で地形として、滝の定義をしました。それは地学的に見た1つ1つの個別の滝の定義です。しかし、地学的な滝の定義と、景観から見た□□滝の対象とは、必ずしも、一致しません。
 滝が1つしかなければ同じですが、複数の滝が近接している場合(これを「連瀑」ということにします)、この連瀑をさして、□□滝ということが一般的です。 たとえば、西沢渓谷の七つ釜五段の滝 みたいに。 
 これを、地学的に言えば、5つの滝があるということになりますが、それでは、むやみと滝の数が多くなってしまいますね。
 滝は地学の対象であるよりは、景観としてみられていますから、滝のリストなどを作製するにあたっては、個々の滝が近接して連続している連瀑の場合は、連瀑をを単位として、記載するのがよいでしょう。
 滝の記載の単位としては、「大きな連瀑の場合は、連瀑を単位とする」ということですね。 
 

 連瀑の場合は、□連の連瀑 と呼んだらどうでしょうか。
 たとえば、茨城県の袋田の滝のように、4つの滝が近接した連瀑なら、袋田滝(4連の連瀑、下流から9m、21.5m、31m、22.4m)のように。

 ● 同じ瀑布帯のなかにあるが、近接していない滝や複数の連瀑の場合は、別途に数える方が良いと思います。例 袋田の滝と生瀬の滝、同じ瀑布帯の滝ですが、離れているので別にする。
 →この方法は、人間の視野程度の大きさが、景観の地形単位であることから出てくる便宜的なもので、地形学的には、瀑布帯、または、遷急点下流の遷急区間が単位になるべきです。地形のスケールが人間には大きすぎるだけのことですので。
 ● [連瀑」 という概念は、澤枕 瀑さん との話の中で教えてもらった言葉です。 さっそく、パクらせて
    頂きました。→ここ


その3 誤用されやすい用語  「造瀑層」
図2 造瀑層
造瀑層が逆層に2枚ある場合
 


段の成因の一つに、河床に硬い岩石がでている為に下刻に際して硬い岩石が掘り出されて滝になる場合があり、そのような硬い岩石層を「造瀑層」といいます。
 造瀑層が一つなら滝は一つですが、造瀑層が何枚もあると、階段状の滝になります。
 また、造瀑層が水平な場合は、caprock fall と呼ばれます。
 造瀑層には溶岩流や砂泥の堆積岩中の火山性の集塊岩とか固結した礫岩などがなることが多い。
 後で述べますが、滝の成因は造瀑層によるものだけではなく、特に房総ではこの手のものは少ないので、全ての滝に造瀑層があるわけではありません。
 また、
造瀑層は永久的なものではなく、一時的に滝の後退を止めているもの(「見かけ造瀑層」)と考えるべきです(後述)。
 b.滝の成因と変遷 

 
段ができると、その段は削られて、上流側に変化します。
 図3に、金子(1972)による、ナイアガラ滝の移動を示します。約12、000年前にできた段が途中2つに別れたり、また、一緒になったりしながら11.2Km移動しています。年平均0.92m移動したことになります。
図3 滝の移動
滝の成因: 大陸氷床が溶けた跡に川ができたが、もともとの地形の段があり、
地点5で滝ができた。滝の変遷: 地点5→2まで、11.2Km峡谷を掘り込みなが
ら後退し、現在の滝になっている。

 一般に、段は川に沿って後退していきます。同時に、川に沿う縦断面上で見ると、後退するにつれて1段のままでなく、段が分裂して何段かに分かれることもあります。
 このように、今みている滝の姿は最初の滝が変化した姿です。
 つまり、滝の現在の姿は、(過去に段ができた時の段の様子)+(段ができてからの変化の様子)の2つの要因により決まります。
 最初の、段のできた理由を「滝の成因」ということにし、段の変化してきた姿を「滝の変遷」ということにします。
 結論的に言うと
(1) 滝の高さや立地は、滝の成因に対応する
ことが多く、
(2) 滝や滝群の分布や滝付近の峡谷などの地形には滝の変遷が、
(3) 現在の滝の形状には、その地点での河川の侵食の形態とそれに抵抗する岩石の岩質、構造とが対応しているといえます。

 c. 瀑布帯と滝群の名称  
滝は川でランダムにあるのかというと、沢歩きをした人ならそんなことはない、一個だけぽつんとあることもあるが、複数集中して存在していると言うと思います。
 つまり、滝は1つだけあることもありますが、大きな滝の上流下流には近くに小さな滝があることもよくあります。これらの滝群は一続きの廊下や峡谷をなしています。それで、この滝の群を「瀑布帯」と呼ぶことにします。

 {注 瀑布帯の滝群の名称と番号付けを始めて行ったのは、斎藤彰男『岡山の滝』1991です。
この 論考では、少し変更して使用しています。
・・早く言えば、パクっています。
なお、従来、沢登りでは下流から沢の詰め上げまでF1, F2・・F** と名前をつけていきます。
 
図4 瀑布帯の滝の名称

 瀑布帯の滝は、多

多くのくの場合1〜2個の大きな滝があり、この滝を本滝(2つ以上ある場合は下流から本滝1、2)とし、本滝の上流にある小さな滝を上滝、下流の小滝を下滝とし、本滝から近い順に123とします(図4参照)。


 瀑布帯の滝のうち、近接していて、連続しているようにみえる複数の滝を「連瀑」と呼ぶことにします。
 
 逆に、地形のスケールで、おおきい方からいうと、 後述する、河床縦断面上で、遷急点の直下の急傾斜区間(この論考では、この区間を「遷急区間」といってしまうことにします)、→瀑布帯→連瀑→個々の滝 の順になります。

なお、世の中上手くいかないもので、滝が互いに離れていて瀑布帯としてまとめられないこともあり、その場合は、無理せず、滝群という名にしておきます。

 補足1。各レベルの中で、下位の地形が複数ありえます。
  1つ遷急区間に、瀑布帯が2つあったり、1つの瀑布帯に2つの連瀑があったりしてもよい。
 日曜の地学8 茨城の地質をめぐって 築地書館p147 より引用
 実例を示すと、
 左図は、茨城県の袋田の滝の断面図です。

 久慈川に流れこむ大きな支流が、上流の生瀬盆地から、久慈川の本流までの間、長さ約300m、比高約100mほどの、遷急区間となっています。

この遷急区間には、2つの瀑布帯があり、1つは袋田滝とよばれ、4つの滝の連瀑帯、もう1つは、単一の生瀬滝となっている。 ということになります。

 補足2。もちろん、上の逆で、たった一つの滝があって、それが、遷急区間=瀑布帯=1つの滝 の場合もあります。例 養老渓谷の粟又滝(千葉県大多喜町)。

 補足3。上滝は、「うえたき」「かみたき」のどっちがいいのかな?下滝は「したたき」「しもたき」のどっちなのでしょうか。まだ、決めてません。

 補足4。沢歩きで用いられている滝の表記方法は、下流側からF1、F2、F3、F4、F5、・・と順番につけていくやり方です。しかし、滝の形成から考えると、瀑布帯という概念を入れる必要があるでしょう。
 たとえば、1m・2m・5m・2mの4つの滝の瀑布帯が、10mの滝1つが分裂したものと考えると面白いですよね。
 d. 滝の地形 
  人工の滝のような、できたばかりの滝は河床に段があるだけですが、滝が変化していくと滝のまわりに滝特有の地形ができていきます。この地形に名前を付けてみました(図5参照)。

  本滝(落差の大部分を占める大きな滝。通例1つ。2つのこともある。0のことは少ない)
  下滝(本滝の下流にある滝。分裂して取り残された滝)
  上滝(本滝の上流にある滝。侵食の前線である)

  滝面:滝の崖の内、水流が流れ落ちる部分。水流特有の地形が刻まれる部分。
  水流の作ろうとしている地形の変化方向に対して、滝面を構成する岩石の性質によりどのように岩石が反抗するかでいろいろの形ができる。
 
 滝崖:滝の落ち口附近の谷壁にできる急崖。露岩が普通。
風化作用と崩壊作用が働く、岩石の性質によりいろいろの形ができる。

 滝壷:落下した水流によりえぐられた凹み。
直下する滝の場合、水量があると深くえぐられ、3〜4b以上になることあり。
大きなものは壁面が節理や地層面に沿った不定形が多いが、小さなものの壁面は水流に磨かれた釜の内面の壁のようになるものが多くなる

 岩床:滝の上・下流の岩の河床。平坦なことが多い。

 河道沿いの崖:斜面の下部で、河道沿いの急崖。露岩が多い。
 
 廊下:垂直に切り立った河道沿いの急崖。瀑布帯によく見られる。

 主滝と副滝
 滝によっては、滝面が一様でなく、新しい滝面が掘り込まれていることがある。

 以前の滝面を、主滝。新しい滝面を、副滝と呼ぶことにします。洪水時にはどちらの滝面も水が流れますが、主滝の示す以前の滝面が副滝によって壊されつつあるのは明らかです。
 e.河床縦断面と遷急点 
視点を変えて、滝や瀑布帯をより広く川全体の中でみてみましょう。
 地図上で川の河床に沿って、河床高度と距離をグラフにすると(これを業界の用語で「河床縦断面」といいます。)、一般に下に凸の滑らかな曲線になります。
 このことは、川というものは、
  @河床に段があると削ってなくしてしまう。
  A河床の縦断方向の傾き(業界用語で「河床勾配」といいます)が上流ほど急になるように河床を削っていく、ということになります。
 この滑らかな曲線は、指数曲線でほぼ近似できるとされ、業界用語で「平衡曲線」と呼んでいます。
 川は、常に、平衡曲線になろうとし、なったら外部条件が変化しないかぎり、それを維持するように働いているわけです。
 つまり、縦断面上に段があるとそれを削って行って上流に後退させ、平滑な縦断面を作ろうとしています。
 この法則は、河口から水源まで全流路についてなりたちます。多くの川の下流部分のように、自分で運んできた砂礫や泥でできている河床の場所でも成り立つし、上流のように、河床が岩でできていて、それを削り込んでいる所でも成り立っています。

 言い換えると、川が自由に自律してふるまえる下流では勿論のこと、岩の抵抗があって川が自由にふるまえなさそうな上流でも強引に成り立たせてしまっているわけです。川というのは自分の意思を通してしまう強力な自律的な装置であるといえます。
 これが世界の大勢です。ところが、日本のような造山帯地域では、河床縦断面は上流から河口まで大部分平滑なのですが、途中に段があることがあります。むしろ、段が無い川のほうが珍しい。
このような段の地点を業界用語で「遷急点」と呼んでいます。

(注:遷急点の定義は、縦断面上の河床勾配の変化する地点「遷移点」のなかの遷急点と遷緩点ということになります。上流から見て急になるから遷急点というわけ。 遷緩点は河床勾配が緩くなるので滝などできず、逆に堆積が起こることになります。また、遷急点でも河床の勾配が変化するだけで段にならない場合も多く、たとえば、河床が堆積物の場合や、河床が岩石の場合でも未固結の砂岩と泥岩の境で勾配が異なるといったこともあります。ゆえに、本文でとりあげたような、河川の上流で河床が岩石の部分での段をなす遷急点というのは、遷急点の中の一部です。)

 遷急点は河床縦断面図上で、勾配が急になる所です。遷急点から下流が、現実には、1つの瀑布であれば、滝の頂上が遷急点、滝の下が遷緩点というわけで、断面上では垂直線で示されます。
 遷急点から下流の河床断面が急な部分を、遷急区間とこの場では呼ぶことにします。遷急区間という言葉は一般化してないので、以下の文章で、遷急区間のことを遷急点と言っています。厳密には、読み替えて下さい。

 遷急点(遷急区間)は、単一の滝のこともありますが、大小の滝の連続する瀑布帯であったり、あるいは滝が無くて急勾配の河床になっていたりと、いろいろです。 逆に、滝(瀑布帯)は必ず遷急点に当たることになります。

 さて、房総の川は、河床の岩が特に弱い方の代表で基本的に川の言いなりですので、大部分の川は平衡になっているはずと思われるかもしれませんが、房総丘陵を流れる、大きな川である養老川、小櫃川、小糸川、夷隅川などでも、本流に遷急点(滝)があり、対応して支流にも遷急点が見られます。
 それら本流の遷急点のうち、一番有名なのが養老川の遷急点で、遷急点は高滝(観光用に粟又滝、養老の滝などともいいます)という30m程の落差の滝1つでできています。

 図7に、断面を示しますが、養老川の河口から高滝の上流までを示しています。現在の川に遷急点が1つあり、高滝となっているのがわかります。
 過去の河床の縦断面は、段丘面として残っているわけで、養老川では、KuT(久留里T面)からKuX(久留里X面)まで5つの段丘面が完新世の河岸段丘として残っています。
現在の河床は、KuX(久留里X面)の時代から下刻していることになり、高滝よりも上流の河床はKuX(久留里X面)の時代の河床が残っていることになります。

 図8 増間川の遷急点(遷急区間)
 遷急点が、瀑布帯になっている例を、千葉県安房地方の平久里川支流増間川の遷急点の例で示します。
 縦断面図上の遷急点(遷急区間)は、長さ 200m程の区間に4つの滝があり、比高約50mの瀑布帯となっています。
 f.地形としての滝の意義 
 ところで、滝という地形は、川にある遷急点にみられる特殊な地形というだけではありません。
 滝はすべて遷急点そのものか、遷急点の一部なわけですが、遷急点というのはすごく重要な地形なのです。
 「平衡曲線」について述べましたが、その平衡曲線の一番下流側の高度は、業界用語で「侵食基準面」と言われ、名の通りそれ以下に川が削ることができません。
 すると、1つの川の流域内では、侵食基準面とそれに連続する平衡曲線の高さ以下には削ることができないことになります。
 さらに、遷急点がある場合、その上流では、遷急点の上端高度が局地的な侵食基準面になります。
 つまり、遷急点を境に侵食基準面が異なるわけです。
 故に、遷急点(滝)が後退することが、その河川の流域の下刻が進んでいく原動力であることになります。
 つまり、遷急点(滝)はその流域での侵食の最前線を示す地形ということになります。
 結構、重要な地形ですね。
 g.滝の年代 
 滝の成因と変遷の所で、今みている滝の姿は最初の滝が変化した姿であるとのべました。
 ここが、滝という地形のちょっと変わったところでしょう。つまり、現在変化し作られつつある現在の地形であるにもかかわらず、高さとか立地とか滝の配列とか地形の多くの部分が、過去の滝の発生と変遷に支配されているわけで、過去の地形でもあるわけです。
 他の地形、たとえば、河岸段丘なら、完全な過去の地形ですし、現在の河原の地形なら、完全な現在の地形です。過去のしがらみの影を引きずる女という2面性のある地形なわけで、そうゆう点では、地辷り地形、活断層地形なんかに似ています。
 そうゆう風に考えると、滝の年代というのは、「□□年前に発生し現在位置まで後退してきた、この滝壷は□□年前、主滝は□□年前、副滝の滝面は現在作成中」といったように、いうべきなのですが、さすがに、そんな面倒なことはやめにして、通常、滝の年代は滝の発生したのが何年前かで示します。
 次に、一般に、日本では滝はすごく新しい地形です。つまり、今まで述べたように、遷急点というのが例外的な現象で、滝はその発生すら最も最近の地形に属しています。
 少なくても房総では、最も古くて5000年前後の滝がありますが、特殊な成因でかつ水量の少ない川の滝です。 立派な滝は古いものはないといえます。たとえば、養老渓谷の高滝(粟又の滝)なども、段丘との関係から、2000〜3000年もいけばいい方で、縄文早期の土器の方が、粟又の滝より古いということになりますね。もっとも、鍾乳洞などの地下の滝にはこんな理屈は適用できませんが。
 逆に新しい方では、230 年前の元禄関東地震の隆起によってできた滝があり、1923年の大正地震でできた滝もあると思います。人工の絡んだ川廻しの滝では大正、昭和初期のものもあります。

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