大多喜町押沼 船塚の滝 記録カード     滝記録カード目次に戻る  HPtopへもどる
 遷急点比高が低いので、滝一覧リストには入れません。
●遷急点名 船塚の川廻し   ●水系名 夷隅川水系平沢川 ●立地沢名 平沢川本流

●所在地:大多喜町押沼 船塚橋下
   小字が船塚らしい。
   →場所はこのへんデス

●難易度、3 
   左岸側の橋の袂から踏み跡あり。

●緯度経度
北緯35゜14′12″ 東経140゜13′56″

●落差 1.8m

●流域面積 
川廻しの滝なので、測定する気がせず。 
●概略位置図 ⇒所在地形図はこちら      
●文書
 雑誌、ぐるっと千葉2002.10月号にう沢さんの書かれた「滝の旅人、大多喜の滝見て歩き3」の付図に「船塚の滝」としてでているのが最初のようですね。
 滝の名称としては、川廻しの滝に固有の名前がつくことはあまりないのですが、付近の地名を取って呼ぶことは多いので、船塚の滝でもいいんじゃないでしょうか。
●滝面: 壇瀑。 複合型面滝・副滝円弧状・緩傾斜 全面滝壷
●地層・岩質・構造: 上総層群黄和田層 泥岩層 緩い順層。
●成因: 川廻しの滝  →所在図参照 以前の川は、画像の左手に曲がっていき、曲流して画像の右手から戻ってきていた。やったのは、江戸時代後期か明治初期。川の間の細長い尾根に、長さ15mもないぐらいの掘り割りを川幅分堀込めば、曲流の短絡はできあがりです。ツルハシとモッコしかない当時でも、大変そうだが、やってやれなくもない工事に見えます。これはおそらく、専門の職人の仕事。短絡後は、フルカワに土盛りし、排水路を造り、圃場を造成すればいい。本当は、こっちの方が手が掛かっているんでしょうけど、これは、耕作している人ならお手の物の仕事です。短絡した川はほったらかしですが、すぐに、滝の下に滝壺が掘れていったと思われます。
●変遷: 滝の上面と滝の下の水面が川廻し以前の河床、に対応し、川廻し前の比高です。短絡後の滝の後退は上流に及んでいませんので、ほとんどないか分からない程度です。滝壷部分に全面滝壷が形成されている。
●歴史・利用  平沢川本流の川廻し。Ω型川廻しのシンカワ
●その他 
川廻し地形として、フルカワ断面が観察できそうで、面白い。川跡川になって合流する支流の川廻しについても確認の要あり。
川廻し年代は、未聞き取り。不明。
02/12/23  

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